岐阜獄中記 ~アキバから岐阜へ~

アキバを離れ、陸の孤島「岐阜」に収監(就職)されたオタクの話

獄中の先輩からの送る高専卒1年目・就活生へのアドバイス

 どうして投獄されたのか当時は理解できなかった。理不尽な状況にあらがうことはできず、力なき私は世界を憎んだ。私はどこで間違えたのだろうと檻の中で自問する。

 

 投獄されたばかりの頃の私は尖っていた。労働環境や、日本社会に対しての不満などを毎日毒を吐き、自分は屈しないと、諦めないと抗っていた。大人になる前は社会人とはもっと輝いた存在であった。それは幻想であり、現実とのギャップはどうすることも出来ず、耐えるしかなかった。ただほんのわずかな抵抗手段として不平不満を嘆くことしかできなかった。

 

 幻想を作り出した私自身にも責任はある。就活を始めて、初めて大人の社会を調べ始めた。いい会社・いい就職先を沢山調べたつもりでいた。ネットで、親や先生のアドバイスで、先輩たちの姿を見て。楽しさも苦しさも理解していた気でいた。しかし、知識は圧倒的に不足していた。結局は都合のいい部分のみしか理解できていなかった。情報として頭に取り入れても実態を理解できていなかった。馬鹿は体感するまで理解できないのだ。これから40・50年間も働いたり・務めたりするであろう会社や日本社会を分析するのに就活の1年前から調べ始めるのでは圧倒的に時間が足りなかったのだ。見積もりが甘かったののだ。社会人を舐めていたのだ。そのせいで勝手に幻想を作り出し、業務内容を勘違いしたまま都合がいい部分だけ読み取った。そして投獄されてたとき後悔をした、もっと調べればよかったと。

 

 1・2年目の頃は獄中で不満を嘆き、腐っていた。努力しても得られる成果の見合わない業務とそれが変わることのない労働環境にうんざりしていた。そして、それを理解てしてへらへら働いている先輩方を見て嫌悪した。どうしてこの環境を受け入れたのか?この人たちは管理者に飼いならされたのだろうか?と感じていた。こいつらと同じになりたくないと当時は思っていた。しかし、新人の私には抵抗する力も権限もないため不満を云うことでしか抵抗が出来なかった。業務や労働環境の問題点をただ指摘し解決策は「新人の私にはどうすることも出来ない」の一点張りだった。どうにもならない現状を悟り不貞腐れていた。

 

 3年目を過ぎた今、私は未だ獄中で暮らしている。不満は減ってはいないが尖っていた私はもういない。現状を受け入れへらへらしている先輩と一緒にへらへら働いている。これを1年目の私が聞いたら激怒するかもしれないが、1年目の私が無知すぎる故だ。馬鹿な私は3年を費やし体感することで”社会で働くこと”理解し始めた。獄中ではあるが衣食住が確保され安定した労働が与えられていることが恵まれた環境だと気づき始めて感謝するようになった。別に向上心を捨てて抵抗することを諦めた訳ではない。本当の意味で社会に抵抗するためにはもっと世界を知る必要があると気づかされたのだ。3年かけて気付いた回答であり、未だ無知であることを自覚した。1・2年目の頃は情報が少ない状態で結論を出し、斜め読みした真実を悟って勝手に腐っていただけなのだ。世の中は数冊の自己啓発本にまとめれるほど簡単じゃないし、答えは簡単に出ない。とにかく今は知ることが最優先なのだ。「世のルールは難しいから流される」で腐りもせず「いつか脱獄するために今は学ぶ」なのだ。知らない状態で結論を先走ることは愚者の行為だと過去の過ちを恥じる。

 

 「井の中の蛙大海を知らず」というがまさにその通り。大海以前に井戸の内側すら全てを知っていなかったのが過去の私だ。井戸の壁面だと思っていたものは底に落ちた小石であり壁面ですらなかった。それをちゃんと見ずに勘違いしていただけだった。

 

 だからもしこの記事を1・2年目の社会人の方が呼んでいたのなら、不平不満はすぐには解決しないが今はとにかく目の前の仕事や業務に真摯に向き合って欲しい。そして業務を通して社会を学んでそれから、問題に向き合う。向上心は忘れず、腐らず過ごしていくことが大切なのだとアドバイスをしておく。

 

 もし、就職前の関東在住の学生さんが記事を読んでいたのなら、アキバからは離れないことをお勧めする。アキバでオタ活していた人間は、アキバの恵まれた環境に体が慣れてしまい地方環境に耐えられない。オタクに優しい街はアキバ以外に存在しない。あるのは名ばかりの小さなショップだけで圧倒的物資の少なさに絶望する。いくらネット環境が発達してもリアルには敵わない。飢えるだけの日々に、過去の己の決断を憎むことしかできない。この過ちを繰り返さないためにもしまだ間に合うのであればアキバから離れないことを誓って欲しい。これは私のせめてもの罪滅ぼしなのだと。

 

PS.シン・エヴァは見事に完結させた素晴らしい作品だった、ありがとう。