岐阜獄中記 ~アキバから岐阜へ~

アキバを離れ、陸の孤島「岐阜」に収監(就職)されたオタクの話

Yシャツでソロキャン

 満点の星空の下、私は大自然の力に呑まれていた。冷気が薄着の私から体温を奪う。天体観察をする心の余裕はどこにもない。体を必死で摩り、地図とビニール袋を抱きしめて、日の出を待った。

 

 それは秋から冬に移りかけの昨日の出来事。仕事終わりの花金、一人カラオケ行って満足して牢獄(社宅)に帰ったときのことであった。時間は深夜0時を回っており、辺りは静寂に包まれていた。社宅アパートの玄関の前でポケットからカギを取り出そうと漁っていると、カギか見つからないことに気付いた。その場でポケット・カバン・車の中を確認したがカギは見つからなかった。社宅の自分の部屋に入るためには、共用玄関のカギと自分の部屋のカギの2つが必要であるが、その両方ない。

 

 記憶をたどり、最後にどこで見たかを考えるが取り出した記憶がない。そして思い出す。今朝は出勤時間ギリギリに起きて慌てて飛び出したことを。部屋のカギをかけずに飛び出した、カギは部屋に置いたまま。持ってってすらいないため、失くしたわけではないことに安堵しつつ、玄関の前で解決していない問題に目を向ける。どうやって共用玄関を開けるか。この共用玄関さえ開ければ、自室はカギがかかっていないため無事ベットにたどり着く。同じ社宅の同僚に連絡して開けてもらうかも考えたが、深夜のためさすがに申し訳ないと思いやめた。かといって、このまま誰かが開けるまで玄関にいるのは朝になる気がした。

 

 今日の私は週末を迎えたため、機嫌が良かった。

 

私「よし、キャンプに行こう」 

 

 遊び心のある大人は違うのだ。部屋に戻れないなら外で泊まればいい。車のカギは持っているため、今から出かけて夜空でも見て車の中で朝まで過ごそうと決めた。場所は池田山、星空が綺麗で有名な場所。車で頂上まで行けるので、今から出発するにはちょうど良かった。また、近くに池田温泉もあるため朝風呂できるのも選んだ理由である。

 

 早速出発し、深夜1時池田山麓池田温泉に着いた。問題一つ発生、ガソリンがあまりない。これから山を登るには心細かった。そのため、麓の池田温泉車中泊することにした。この決断がのちに命を救う。山の麓でも十分に星は綺麗であったが天体観測は5分もせずに終わった。遊び心のある大人の私ではあるが、寒すぎて星を見る心の余裕はなかった。ちなみに服装はヒートテックにYシャツ・ズボンのサラリーマンスタイルだ。上着は寝坊したため、忘れてきた。山の麓だけあって、気温は低く10℃を切っていた。薄着の私は車の中に戻り、寝る準備を始めた。

 

 車のエンジンを切り、リクライニングを倒す。そして気づく、「毛布がない...」毛布の代わりになる布製のものがない。社内を探して、関ヶ原周辺マップを見つける。地図を広げて紙製の毛布完成。マップはタオルぐらいの大きさでお腹から膝までかけることができた。何もないよりましだった。

 眠り始めて1時間、寒さで起きる。足先が限界だった。靴下は履いたままだが、関ヶ原マップでは足元は覆えないため足先は冷え切っていた。再び車内を物色する。くしゃくしゃに丸まったビニール袋が見つかり、袋の中に足を入れて冷気を遮断した。

 さらにその1時間後、体の芯が冷え切ってしまった。せめて関ヶ原マップがあと2枚あれば体を保温できたが、紙の地図は1枚しかない。また、布と違い完全には体にフィットしないので隙間から冷気がバンバン入ってきた。現在3時、車中泊を後悔し始めた。準備が不十分過ぎたことと、岐阜の山を舐めていたのが原因である。最初からネカフェに行けばよかったと遊び心でキャンプしに来た自分を恨んだ。これが、池田山の山頂であったのなら、きっと凍死していただろう。自動販売機で買ったポッカレモンを湯たんぽ代わりにして暖を取るが体は冷えたままだった。車の暖房を入れるかも悩んだが、一時しのぎにしかならないためやめた。何よりガソリンが心もとないため、ここから帰れなくなる最悪事態は回避せねばならなかった。

 

 スマホをいじりながら眠らずに起きて過ごして、5時。あと1時間ぐらいで日の出して、朝風呂して帰れる。それだけが、心の支えだった。こんなに辛い思いをして、入る朝風呂はきっと格別だろう。そう云い聞かせながら日の出を待った。しかし、ふと思う。さすがに6~7時台から温泉はオープンするのだろうか?自分の考えの甘さに気付き、検索する。10時オープンであり、あと5時間待たなくてはならなかった。このとき、完全に心が折れた。車のエンジンをかけて帰ることを決めた。もう、この山の麓で過ごすことに理由がなくなってしまったためである。社宅近くのコンビニまで戻り、コンビニでカップヌードルを買って食べ、体を温めてそこりの時間をコンビニの駐車場で過ごした。汁が体に染みわたり、解氷していった。

 

 7時同僚にモーニングコールを入れて、共用玄関を開けてもらいやっと自室に戻れた。そのまま風呂場に行き念願の湯船に浸かった。風呂に入りながら思い出す、「勇敢と蛮勇をはき違えてはならない」。誰の言葉かは忘れたが、計画性のないキャンプで凍死するところであった。万が一に備えて、車内に関ヶ原マップとビニール袋は常備しておくものだとなと思いつつ、その日は泥のように眠った。

 

PS.アカバネディビジョンが本編にも登場することを夢見る。